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名古屋家庭裁判所 平成4年(少)141号 決定 1992年8月31日

少年 T・K(昭和47.11.27生)

主文

この事件については、審判を開始しない。

理由

1  送致事実は、日頃から父親に対して悪感情を抱いていた少年が、自宅2階に寝ていた父親を包丁で突き刺して殺そうとしたが、父親が逃げ、母親らが止めに入ったために、未遂に終わったというものである。

2  少年が本件送致事実のような行為を行ったことは、本件各証拠から認定することができ、特に問題はない。

3  しかしながら、本件非行の動機やその後の少年の様子などに異常な点が多くあったことから、捜査段階において簡易鑑定がなされ精神分裂病で是非善悪の弁別能力を欠くとの判定が下され、その後本件につき観護措置がとられたが、少年が精神分裂病である疑いが極めて濃かったことから少年の状況がさらに悪化することを防止するため、当裁判所において観護措置を取り消し、精神保健法26条の少年鑑別所長の通報に基づいて愛知県知事による措置入院の措置がとられて○○病院において治療を受けていた。そして、本件非行時の心身の状況を解明する必要から、鑑定を行い、鑑定人○○を選任するとともに、同人の勤務する○○病院に鑑定留置をする一方、措置入院が停止されて、少年は同病院に移ったという経過をたどったものである。

4  少年の供述調書によれば、少年は、父親を殺害しようとした動機について、普段から父親が少年を変な目で見ていたからである旨供述しているのであって、特に本件犯行当時に父親が少年に注意をしたとか、少年と父親との間で言い争いがあったなどの事情は認められないにもかかわらず、前記のような動機に基づいて犯行に及んでおり、その動機の点において納得し難いところがある。また、少年鑑別所内においても、調査官の調査に対して寮に戻ろうとするばかりで全く調査に応じようとする姿勢がなく、表情もうつろであった。

そして、鑑定人○○作成の鑑定書によれば、平成3年6月ころには庭でゴルフをしていた父親に対してCDラジカセを投げ付けたことがあり、同年7月ころになると、自閉的で無為な生活を送るようになり、大音量で音楽をかけたり、独り言を言うようになったりしている。また、同じころ、母親に対して「東京の叔母のところへ行こう。今すぐ行こう。」と繰り返し言うようになっていた(常同行為)。幻聴や家の中の徘徊の他、浴室でぼーっと佇立していたなどの昏迷ないし亜昏迷と思われる状況、周囲の問いかけに応答しなかったり、着衣や洗面などが不精になったなどの異常行動も見られるようになってきている。同月15日、26日には、○○病院(同病院では精神分裂病と診断されている。)や○○病院の精神科をそれぞれ受診したものの、各1回の受診で終わってしまっている。さらに、同年10月には、父親に対して包丁を振り上げたことがあり、その原因について少年が父親を憎いと答えていた。そして、同年12月下旬には、極端な食欲の減退、表情の欠如などとともに、母親に「飲まない方がいい。」「食べない方がいい。」などと言って飲食物を捨ててしまっており、被害妄想と思われる状況も現れるようになっていた。以上のような事実を前提とした上で、同鑑定書は、同年6月ころから少年は精神分裂病を発病していたとしている。そして、同鑑定書は、以上のような少年の状態を前提とし、措置入院後から鑑定時までの少年の状況分析するなどした上で、現状では幻覚、妄想といった陽性症状は認められないものの、これは、前記のように措置入院によって○○病院に入院し治療によって症状が改善された結果であって、前記のような被害妄想と考えられるような症状が本件非行直前にあったことからするならば、本件非行当時は、精神分裂病の病勢が増悪していた中で、被害妄想の対象として被害者の父親を捉えていたのであって、被害妄想に基づいて引き起こされたものであると推定している。

以上のようなことからすると、本件非行は、精神分裂病に基づく被害妄想に基づいて引き起こされたものであることは明らかであり、少年は本件非行当時には是非善悪を弁識する能力を欠いていたと認めるのが相当であって、少年が責任能力を欠く状態にあったのであるから、本件非行は心神喪失者の行為として犯罪とならず、少年には非行がなかったことになる。

5  他方、本年6月1日から○○病院において再び措置入院となっており、精神科の医師によって治療中であって、将来の社会復帰に関しても専門家たる精神科の医師のもとで行われるのであり、審判を開く必要性も認められない。

6  よって、この事件については審判を開始しないこととし、少年法19条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 西郷雅彦)

〔編注〕本決定の告知は「少年は心神喪失のため、告知できない」として処理された。

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